くじら

時間が経つにつれて各地の被害状況が伝わり、悲惨な状態に驚くばかりだ。しかし時には奇跡の救出や、家族との再開をはたし嬉しいニュースも少しは流れるようになってきた。「生きているだけでいい」の言葉が心に響く・・・。
テレビを見ていて思い出したことがある、中学一年生の時の思い出だ。ちょっと昔話、
町に住んでいるチビくろ君とは小学校の時から同じ校区なので、同じクラスに居たはずなのに何故だか一緒にチビくろ君と遊んだ記憶が無い。チビくろ君と仲良くなったのは中学に入学してからになる。中学校から必須になるクラブへの加入、チビくろ君と私はいつまでも決まらず、クラブ活動の見学で一緒になることが多くなった事から仲良くなった。放課後の図書室の窓から、運動場を二人で見下ろしながら空が朱色に染まるまで話し込んだ事もある。話の内容はというと、テレビのお笑いやアイドルの話。テレビでしか見たことのない人との恋愛を妄想してみたりもした。一度も見たことのないスーパーカーで訪れるデートの場所も、テレビの中の都会も、テレビでしか見たことのないお店で、食べたことのないどこかの国のコース料理をフォークとナイフを使って食べているが、なぜか学生服だったり・・・。話がそれた(^_^;)
お互いに運動部と文化部に入部が決まったが、それからも教室の中で一番話し合う仲になった。ある日学校で話題になったのは「どこどこの浜で鯨がうち上がった」という話。鯨なんて見たことがない、せいぜい水族館のイルカぐらい。それもショーの柵越しだったり、分厚いガラスの向こう側だったりする。それが目の前で見れるなんて「見に行こうぜ」とチビくろ君の地黒の中の黒目が一段と大きく輝かせて言った。かなり距離があるんだけど・・・、マジ?
次の日曜日が決行日になった。いくつもの長い上り下りがあって、自転車で片道一時間半ぐらいの距離で、そんな事がなければ絶対行かない距離。チビくろ君は当時はやったトラックみたいなライトが付いた五段変速の黒い自転車、スーパーカー自転車?一方こちらはと言うと母親と兼用に使っている薄いピンクのママチャリ。変速機をガチャガチャと切り替え長い坂をすいすい登っていくチビくろ君に、ママチャリを立ちこぎしながらついていくが、やっぱり無理。ふたり揃って自転車を押して坂を登りながら「このままだと帰りは夜になるなぁ」と脅しをかけてくる。ちょっと困る・・・。
たっぷり二時間以上かかって目的の浜が見えた。遠くに鯨が小さく見えてきたが、近くに行っても小さいままだった。鯨なんて言うからピノキオが飲み込まれたような、大きな鯨を勝手に想像してたがイルカよりは大きいが意外に小さい・・・。表面の黒い皮膚が乾いていて、鯨ではない別なものに見える。どっと疲れが出てここまで来たことを後悔した、おまけに浜に打ち上げられてどれだけ経ったのか腐敗臭がする。チビくろ君は鯨の周りをぐるぐる回ったり、近くでじっくり観察している。「臭くないの?」と思っていると、チビくろ君は近くに落ちていた棒切れで鯨をつつきだした・・・。
そして力を入れると、棒切れはズブズブと鯨に刺さっていく。大人な今なら解かるこの後の地獄(^_^;)棒切れを抜くとまるでゴム風船に針を刺した様に、あたりには今までの100倍もの腐敗臭が放出された・・・。赤い夕日が黄色く染まっていく。
最後の夕日は嘘、ちょっと書きすぎた。だって明かるい間に帰れました。チビくろ君は家庭の事情で高校には進学できず、違う町に越して今も何処かで働いている(はず)中学生の三年間だけの友達だ。いま思い出しながら『スタンドバイミー』の歌が脳内で流れている。